最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)112号 判決 1997年10月28日
宇都宮市平出工業団地四四番地三
上告人
株式会社スズテック
右代表者代表取締役
鈴木貞夫
右訴訟代理人弁理士
新関宏太郎
新関和郎
新関淳一郎
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第二三八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年二月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人新関宏太郎、同新関和郎、同新関淳一郎の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 山口繁 裁判官 元原利文)
(平成九年(行ツ)第一一二号 上告人 株式会社スズテック)
上告代理人新関宏太郎 同新関和郎、同新関淳一郎の上告理由
原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法があるので破棄されるべきである。
一.審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならないとされている(特許法一五九条二、五〇条)。
特許出願人は、特許法一五九条二、五〇条の規定による通知を受けたときは、願書に添付した明細書又は図面について補正することができるとされている(特許法一七条の二)。
また、適用法条を同一にするが、拒絶理由の実質を異にする別個の技術の内容を拒絶理由とする場合は、拒絶理由自体が相違するから、新たに拒絶理由開示の手続をしなければ違法であるとされている(東高判昭三二、一二、二四、行裁例集八、一二、二二二六)。
また、発明の要旨となる事実が公知の事項に属することがなんら疑う余地のないものであり、当業者が適宜に採用しうる程度のものであっても、そのことは、拒絶の理由をあらかじめ出願人に通知して意見を述べさせる機会を与えなければならないとする本条の規定の適用を排するものではないとされている(東高判昭三三、一一、二七、行裁例集九、一一、二四七四)。
本件審決(甲第一号証)は、甲第三号証と甲第五号証(特公昭四八-一六二七三号公報)及び甲第六号証(実願昭五一-一四二六〇一号(実開昭五三-六〇三八九号)の願書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)から容易にできたことを理由とするものであるが、右引用例のうち、甲第五及び第六号証は、拒絶理由通知書(甲第四号証)には記載されていないから、右審決は、明らかに特許法一五九条二、五〇条に違反するものであって、手続上違法なものである。
しかるに、原判決は、右審決には手続上の違法はないと認定して上告人の主張を斥けた。その理由は、本願発明は、従来周知と認められる乙第一号証(実願昭五四-九七三七三号(実開昭五六-一七二三一号)の願書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)及び右甲第五並びに第六号証に夫々記載された周知事項から容易にできたものであるからとするものである。しかしながら、原判決が引用例とした右乙第一号証並びに甲第五及び第六号証は、いずれも拒絶理由通知として上告人には一度も通知されていないから、右周知例に関し、そのようなものがあったかどうかにつき上告人は知ることもできないし、意見を述べることもできないし、明細書又は図面を補正することもできない。即ち、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな理由不備の違法があるというべきである。
しかして、仮に、本願発明が、右周知例から容易にできたものであったとしても、このようなことから、右審決に手続上の違法があるか否かを判断すべきでない。右審決に手続上の違法があるかどうかは、出願人が手続上十分に保護されていたかどうかで判断すべきである。右周知例の、乙第一号証及び右甲第五並びに第六号証は、拒絶の理由として上告人に通知しなければ、上告人は知る由がなかったということは、いずれも本願発明とは技術の分野を異にする周知例であるということからも解ることだし、それだけに明細書又は図面を補正することもできなかったもので、手続上十分に保護されていたとは決していえないものである。
又、特許庁のなした審決は、本願発明は、甲第三号証と甲第五及び第六号証から容易にできたものであると認定されているのに、原判決は、乙第一号証と甲第五及び第六号証から容易にできたものであると認定しており、審決の認定と原判決の認定では、拒絶理由自体が相違している。原判決がなぜ審決とは異なる理由で本願発明を否定したかというと、審決の認定には看過しがたい瑕疵があったと認めたからに外ならず、そうであるのに審決には誤りはないとした原判決は、理由不備の違法があるもので、取消しは免れない。
二. 上告人が右審決の取消を求めたうち、手続上の違法があるとした部分に関する上告人の主張は、原判決一二頁一二行以下のとおり、「審決には、新たに拒絶理由の通知を行うべきであるのにこれをしなかった手続上の違法がある。<1>平成五年一二月二二日付けで出された拒絶理由通知書(甲第四号証)に記載された拒絶理由は、実願昭四八-五四七四四号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(引用例)、実願昭五六-一四二五一七号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第九号証)、特開昭五二-六一〇六六号公報(甲第一〇号証)及び特開昭五四-八〇九七七号公報(甲第八号証)から容易に発明することができると認められるというものであった。そこで、原告は、平成六年三月二三日付け手続補正書(甲第二号証)を提出した。審決は、甲第五及び第六号証を理由とするものであるととろ、甲第五及び第六号証はそれまでの拒絶理由通知に含まれていなかったから、原告に対し、その旨の拒絶理由通知をして意見を求めなければならなかったものである。被告は、技術常識である周知例についてまでも意見書、補正書を提出する機会を与える必要はない旨主張するが、明々白々の技術常識である周知例ならいざ知らず、本願発明について審決が認定した相違点は、本願発明の要旨の全部であり、本願発明は正にその相違点につき鋭意創作したものであるから、技術常識である周知事項とはなし得ないものであって、特許庁の解釈に誤りがないかどうか、意見書、補正書を提出する機会を与える必要のあったものである。」というものであった。
三. これに対する原判決の判断は、原判決二六頁四行以下のとおり、「原告は、本件において原告に拒絶理由通知をせずに前記周知例事項を理由に原告の審判請求を成り立たないものとするのは、特許法一五九条二項、五〇条に違反すると主張する。しかしながら、前記(1)で説示のとおり、「コンベアにて搬出されてきた物品を段積みする装置であって、前後チエン間に複数の受枠を水平に掛け渡したチエンユニットを上記コンベアの終端部左右に対向配置して物品を左右の受枠上に一枚ずつ摺動載置し得るようにするとともに、上記受枠を上方へは回動するが下方へは回動不能に上記チエンに取り付けことによってチエンを下動して物品を段積みする際に、上記受枠が、段積装置の底部に設けられた物品載置用の受台かまたは先行物品に当って上方に逃げるようしたもの」が周知事項と認められる以上、本件においで甲第五及び第六号証を含む拒絶理由通知等をしなかったことをもって、特許法一五九条二項、五〇条に違反すると認めることはできない。拒絶理由通知を要しないのは明々白々の技術常識のみに限られる旨の原告の主張は採用できない。」と認定されたものである。
四. 即ち、原判決によると、右乙第一号証が周知(原判決一八頁一〇行以下)であり、本願発明は、右乙第一号証と甲第五及び第六号証から容易にできたものであるから、甲第五及び第六号証を拒絶理由として通知しなくとも手続上の違法はないと認定されているが、右乙第一号証に当業者間で周知であるといっても、上告人は不知であり、農業機械とは技術分野を異にするパネル材の積載装置に係る公開公報で、上告人に通知されなければ知る由がないのに、これが周知だと、なぜ、甲第五及び第六号証を拒絶理由として通知しなくとも手続上違法にならないのか、理解できない。即ち、乙第一号証が周知であろうとなかろうと、これらのことと右甲第五及び第六号証を通知することとは、直接関係はないからである。
また、右乙第一号証に記載された技術は、本願発明のように重い育苗箱を段積するものでなく、軽いバネル材を積載するものであるから、構造が著しく相違するが、拒絶理由として示されたものではないので、このような相違点も、意見書で述べることはできないし、右乙第一号証について願書に添付した明細書又は図面についても補正することもできない。特に、明細書又は図面について補正することができないということは、みすみす発明の登録を逃がすことになるものであり、回復しがたい損害を蒙むることになるものである。
五. 審決は、本願発明は、甲第三号証と甲第五及び第六号証から容易にできたことを理由に拒絶をした。これに対し、上告人は、右甲第五及び第六号証は拒絶理由として通知されていないから、願書に添付した明細書又は図面について補正することはできず手続上の違法があるとして審決の取消を求めた。しかるに、原判決は、本願発明は、乙第一号証と甲第五及び第六号証から容易にできたものであるから、発明にはあたらず、審決に手続上の違法はないとされた。これでは、手続上の違法はないとする解答になっていない。しかも、乙第一号証について見ると、これが上告人に提示されたのは拒絶理由通知としてではなく、審決でもなく、本件の審決取消訴訟における平成七年三月二〇日付被告準備書面(第一回)において上告人に始めて提示されたのであるから、勿論、特許法五〇条の規定による通知としてではないので、意見も述べられないし、明細書も補正できない。本件の審決取消訴訟における平成七年三月二〇日付被告準備書面(第一回)において上告人に始めて提示されたということは、調査に調査を重ねて、やっと探した埋もれた引用例であるから、とても周知とはいえないものでもある。
六. しかして、原判決は、本願発明は、乙第一号証と甲第五及び第六号証から容易にできたものであると認定されているが、このことは、審決の認定には誤りがあったと認めたことにもなる。なぜならば、審決は、本願発明は、甲第三号証と甲第五及び第六号証から容易にできたと認定していたからである。もし、審決の認定に誤りがないとすれば、原判決も審決と同一理由で認定しなくてはならないのに、原判決は審決の認定とは異なり、別の理由で本件発明を否定している。このことは、審決の認定には、その理由に疑問があったからに外ならず、審決の認定は理由不備として破棄されなければならなかったものである。原判決は、本願発明は、乙第一号証と甲第五及び第六号証から容易にできたものであると認定して、審決で採用した甲第三号証について全然触れていない。このことは、右甲第三号証は本願発明を否定する拒絶理由としては適切を欠いていたということは明白であり、そうしてみると、審決の拒絶理由通知書記載の四個の引用例は全て不適切であったということになり、拒絶理由通知書(甲第四号証)そのものが、適切でなかったということになる。
七. 原判決は、その二五頁一五行以下において、乙第一号証と対比した結果、「原告は、本願発明における左右受枠は、上下一対設けられている旨主張するが、本願発明の要旨にはその限定はない」と認定されているが、上告人には酷な認定である。上告人が、本願発明の左右受枠は、上下一対設けられている旨主張したのは、右乙第一号証との対比においてであり、右乙第一号証が拒絶理由として上告人に提示されれば、当然その旨要旨に明記したものである。即ち、本願発明は、乙第一号証と甲第五及び第六号証から容易にできたとすべきであるとしても、乙第一号証と甲第五及び第六号証はいずれも、拒絶理由としては上告人に通知されていないのだから、願書に添付した明細書又は図面を補正することはできない。
なお、左右受枠は上下一対であることと、乙第一号証のように片側一〇段も設けられているものでは、製造業者の立場からいうと、天と地程の作用効果の相違がある。育苗箱は甲第一六号証報告書のように、土を一杯に入れて使用するが、これに散水すると、一枚が約七キログラムにもなるから、乙第一号証のように中途に三枚も供給されていると、二一キログラムの荷重(セメント袋一個の重量)がチエンに掛ることにもなり、荷重で自然に動いて停止しなくなるから、複雑な停止機構を必要とし、また、大荷重が掛る装置だと、正しい停止位置で停止せず多少位置ずれするから、これに対応する複雑な対応装置も必要とし、これらの装置は本体より高価になる。これに対して、本願発明の左右受枠は上下一対であるから停止状態は無荷重なので複雑な停止機構は必要とせず正確に停止し、コスト安価である。
八. これを要するに、特許庁のなした審決は、不適切な理由でなされたことが明白であるから破棄すべきものであり、かつ、原判決は手続上の違法を看過した違法があり、取消されるべきである。
以上